このSSは、
おるとさんへの『ディア飼われルート小話』を書かせるためのちょっとしたプレッシャーと、
ちょっとした伏線と、
いつもの苦労性な執事を書いた代物です。
とくに注意事項は無い。
「……ハシヒメが、変な人間を拾ってきた? 変な生き物の間違いではなく?」
赤で染め抜かれた防具で身を固めた異貌から届いた報告に、
なんでまた、と、呆れたような。またか、と、諦めたような。
あるいはソレ等を半々で割ったような表情をしながらも受け取っているのは執事服の青年――
今だ戦場に現れぬ空母級〝撃墜〟のバルバロイ・ロット・タンゼムだ。
ただいま、たまたま留守にした合間にコクセツザンの砦が崩壊しちゃった件に頭を痛めている真っ最中。
ついでに、大失態であるこの件をどう鋼鉄将軍に言い繕おうかと報告書を前に悶々としている真っ最中。
「はい。人間とのことです。ハシヒメ様も処遇を決めかねている様子で」
「だからといって何故私に。いや、まあ、相談を持ちかけられる相手が居ないのは分かりますが」
聞くところによるとソレは小娘で『月光』で砦破壊に関わって〝失楽園〟の秘蔵っ子らしい。
コクセツザンを破壊したという爆弾もビックリの爆弾具合だ、異貌の情勢的に考えて。
それを殺さずに連れて帰ってきたということは何かしらの理由(十中八九ただ単に気に入っただけだろう)があるのだからソレはハシヒメが考えることだ。〝鋼鉄将軍〟ふくめ自身以外の異貌に相談しても『処刑だ』とかしか言わないから自分に持ちかけてきたのは分かるが、今、それどころではない。
コールタールのようにどす黒い染まった眼窩を悩ましげに歪め、ペンを走らせ報告書を書く傍ら、
それでも一応は律儀にも返答を考えて悩んで少しの間を置いた。生かすべきか殺すべきか?
「如何に取り計らいましょうか」
「……やはり、彼女に決めさせなさい。その決定について何があろうと私からヨーゼフに取り計らう、と付け足して」
利用価値はある。それも考えれば潤沢な程に。だからこその不利益を被る確率も高い、が。
やはり執事服の異貌はそう返した。
また用意する書面が増えたと悩む胃痛持ちの返答に、〝赤備え〟は恭しく頷いて姿を消す。
それを見向きもせずにまたペンを走らせ、修正を加え、ペンを走らせ、修正、書き足し、修正、書き足し、書き足し、
たまに聞こえてくる街の喧騒も無視、たまに漂ってくる屋台のおいしそうな匂いも無視、とにかく誘惑は無視無視!
そうやって何とか用意した言い訳もとい報告書を書き上げたときには既に外の景色は夕焼けに差し掛かる頃合だった。
ラクザの街はこれからもより一層騒がしくなる。ペンを持ったのが朝方だったことを思い出し、彼は、ため息をつく。
「さて、これからが大変だ。また狐に動いてもらおうにも姫の機嫌を損ねる、
ただでさえ今回の失態で悪くなるだろうにコレ以上は胃が持ちませんよ」
ついつい、愚痴が零れてしまう。コレは、自分の悪いクセだと認識しているものの中々止まらない。
ぶつぶつぶつぶつ。
ただ、愚痴も進めば進むほど何かしらの情報を纏めるようになっていく。これは良い癖だと本人は思う、
ただ、頭の中でもやもやと考えているだけでは纏まるものも纏まらない。誰かに盗聴をされては面倒な情報が多々含まれるが、ここに、仮にも空母級の執務室に、この異貌の本拠地で聞き耳を立てる者は居ない。
「あの女は自分の秘蔵っ子がこちらのせいで死んだとなれば今以上にこの戦争に関わってくる可能性が大きいですね。どうにも、ハシヒメの話ではユカ本人がそう命じたと聞きましたが、まあ、八つ当たりというヤツでしょう兎に角こちらに関わってくるとなれば……」
「姫は今頃どうして居られるだろうか。広い喰いして腹を壊していなければいいが……」
「いや違った。そう、今、この地に残っている空母級はヨーゼフにハシヒメに私か……」
「こう状況が傾くとは思いもしませんでした……」
「ふむ、悪いことは立て続けに起こると聞く……」
「もし、もしもだ、『ヤツ』でさえ此処に辿り着く前に討たれたとしたら……」
「そのときは、そのときこそ、私が、いやいや、最悪の状況を過程せねば……」
「そうだ。最悪といえばこの情勢だからこそ、今ここぞとミサキ家が動き出す可能性があった……」
「あのクソ厄介な支部長共に加えて〝失楽園〟とミサキ家が総勢で相手? 冗談キツいぜ……」
ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。
ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ。
ぶつぶつぶつぶつ。
延々とどーだのこーだの独り言を零す参謀係の背後に忍び寄る影。
聞き耳を立てる者はいない、が、ちょっかい掛けに来る者は居た。
すっかり独り言ばかりで気付いていない彼の後ろからタックルのように首に飛び付く者が居た!
「バールーさーまー!」「ごきげんいーかーがー!」「え、えー、私は止め申したぞ主殿!」
「ぶぼぁっ!!!?」
それも三人。いや、正確に言うなれば三体。
ノリノリな、赤い髪に赤い瞳の歳は十を過ぎた頃の白いドレスの娘。
ついで、やっぱりノリノリな、青い瞳に青い髪の年の頃は十代半ばのスーツルックな少女。
こう、止めたと言いながらも飛びついてくる、紫色の髪に紫色の瞳の年の頃は二十を過ぎた頃合ここの文化に応じて着物な女性。
……一気に飛びつかれて椅子ごとへしゃげたバルさま。
「「「あ」」」
「遺 言 を 聞 こ う か」
ごきげんななめに、どいつもこいつも跳ね除けて飛び起きる主様。
にげる三人娘。
おう執事。
にげきれなかった三人娘。
おしおきする執事。
我等が主を元気づけようと手に様々なものを持って乱入してくる〝赤備え〟の皆々様。
おもいきり扉を開けたせいでその扉にぶち当たって吹っ飛ぶ我等が主。
人数が増えた逃亡劇。
人数が増えまくる追走劇。
「ええい! 鬱陶しいわテメェら! 気持ちはよく分かったからマジ帰ってお願いだから! ハイ解散!」
「「「えー」」」
「 解 散 」
「「「はい」」」
そして最後に残ったのはこの部屋の主。と、こっそり残ってる着物の女性。
バレてないと思ってるのか机の影に隠れているところを引き摺り出され、
「オマエはなにをやってるんだ、アッフェラーレ」
「は。主殿を元気付けるためにですな机の下から主殿のご子息にでも休養を」
「わかった黙れ。わかったから黙れ。オマエあいかわらずだなオマエほんとに私の分身か?」
「分身であります。御自身が気付いてないだけでエロいのです貴方は」
「雄なんだから雌に対して性欲がないと言えば嘘になるが机の下とかご子息とかないわオマエ」
ソプランヴィーヴェレといいアヴァンツァーレといい赤備えの奴等と言い……
余計に頭痛をひどくしたような物言いに対しても着物の女性は何とも言わずに答えずに立ち上がる。
彼が気づけば彼女は報告に上がっている被害状況を手に取り、詳しく見ている。
彼も戯れはともかくと肩を竦めてから読み終わるまでを待つ。
「少しばかりでも気楽になられましたか」
「少しばかりはな」
途中にちょこちょこと雑談も挟みながらも、報告書を読み終われば書面は机に戻した。
〝撃墜〟のバルバロイ・ロット・タンゼムがもっとも危惧している状況を、
〝姉妹〟のソレッラ・アッフェラーレは読み取ったのか深刻な顔をしたが、
「して、打開策は」
「ない。今のところは、だが、『ヤツ』が辿り着けなかったときはオマエに任せる」
今回、あの、〝制海〟のハシヒメを爆弾が起爆するまで足止めしていたのは、奴等と聞き及んだ。異貌領に侵入して捕虜を奪還したやつら、二度も要塞級を退けたやつら、仮にも〝制空〟親衛隊であるジハードを退けたやつら、砦崩壊の要因を作ったやつら、奴等だったと聞き及んだ。
もはや、ただ東方に一時的に常駐していた凄腕とは侮れない。いや、今までを侮っていたのが間違いだった。
これからは、これからの策があるならば絶対に見落とせない。
「……オレにもっとも戦闘能力が近いのはオマエだ、アッフェラーレ。使うまいと思っていたが、万が一の時は」
「我が身が挑むと。我が身でさえも通じなければ」
「そのときは、そのとき。オレが行ければ良いが、まだだ、まだ前線には行けない」
「……〝ご先代〟の件、ですか」
先代〝撃墜〟の異名をとった異貌がいる。今の彼よりも更に強大すぎた異貌がいた。
今代〝撃墜〟の能力が持つ貴重性を考えて総大将自らが出陣を控えるよう言い渡されている男には、
それとこれとは別として他にもどうしても万が一を危惧するべき理由がまだある。
まだ、人間達は知らないこと。このラクザの地においてもソレを詳しく居る者は殆ど居ない。
まだまだ、人間達にも異貌にも〝撃墜〟は〝鋼鉄将軍〟の命だけで戦場に出られないと思わせなくてはならない。
まだまだ、自分はこの気苦労からは抜け出せないらしいと改めて苦笑しているが、配下が何かを言う前に身振りで止めた。
止めてから苦笑も引っ込め、では、と、話題と口調を切り替える。
「そういうわけです、アッフェラーレ。これからの何もかもが上手く行くよう努力しましょう。行け」
「了解しました、我が主」
と、いうわけで。何もかもを上手く行かせるための準備に再び取り掛かる異貌達。
まずは、ハシヒメへのフォローをするための書面作りだ。また机に向かう時間だ。
ああ。サボりてぇ。
宵の口が始まったラクザの街に、響くこと無く微妙に哀愁漂う声が消えていった。
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