※楽天ブログにて掲載されていた作品のリメイクです※
『奇妙な出会いに野次馬な興味、それと奇妙な漢と世間知らずのお嬢様』
『第二幕:ソフィア』
・彼女が旅を始めてから、『三日目』の悪夢――
目が痛くなるほどに綺麗な真白な世界の中で、あぁまたこの夢なのか、と驚きも無く冷たさもなく、ただ把握する。
耳が痛くなるほどに静寂な白銀の世界の中で、嗚呼、まただ、と温かみも無く怒りさえなく、ただ理解する。
目も耳も、背けたい。けれどそれは瞼を伏しても、耳を塞いでも、やってきてしまう。今日もまた脳裏にこびり付いたような異質の舞台が、開幕のカーテンをわざとらしいぐらいにゆっくりゆっくり開けていく。
私のアリア。やってきた彼等へ牙を剥いて襲い掛かって行く、私のアリア。
どんどん、刻まれば鮮血が噴出し、穿たれれば肉が跳ね飛び朱に染まっていく彼女。
最後には、うねるような紫色の髪をもったいやらしい笑い方をする魔人に頭を消し飛ばされた、可哀相な友達。
残ったのは、目に痛いほどの白さと、心が壊れてしまいそうなほど鮮やかな赤。ふわふわしたあの子の身体に、たくさんの、たくさんの――
――飛び起きた先には、ただの闇しかなかった。ただそれだけに、安堵する。其処には綺麗な白も嫌な紫も鮮やかな紅も無いことに、安心する。
まだ眼が慣れていないから、本当に闇しかない。けれど明かり一つ無い街路に居るような黒でさえ、あの色彩に比べれば柔らかいのかもしれない。
寒くも無いのに震える自分の身体を、抱きしめた。寒くないのにとても寒い気がするのは、心のせいなのか。
闇が、薄らいでいく。薄らいだ先に見えるのは、特に変哲も無いピンと張ったテントの布地。
向こう側が橙色に染まっているのは、寝る前に異貌避けの発炎筒(というものがあるらしい)を投げ込んだ組木の揺らぎ。
溜息が出る。
忘れようとしたことなんて、一度も無い。忘れることだって、無い。
憎みたくない。なのに、この夢は鮮明過ぎて、この憎しみも忘れさせてくれはしない。
主は何故、私にこのような試練を与えて下さるのか。世界は何故、私にこのような状況を強いるのでしょう。
ただため息だけが、零れ落ちて、消えていく。
・彼と旅を始めてから30日目の悪い夢――
目が痛くなるほどに綺麗な真白な世界の中で、あぁまたこの夢なのか、と驚きも無く冷たさもなく、ただ把握する。
耳が痛くなるほどに静寂な白銀の世界の中で、嗚呼、まただ、と温かみも無く怒りさえなく、ただ理解する。
目も耳も、背けたい。けれどそれは瞼を伏しても、耳を塞いでも、やってきてしまう。今日もまた脳裏にこびり付いたような異質の舞台が、開幕のカーテンをわざとらしいぐらいにゆっくりゆっくり開けていく。
私のアリア。やってきた彼等へ牙を剥いて襲い掛かって行く、私のアリア。
どんどん、刻まれば鮮血が噴出し、穿たれれば肉が跳ね飛び朱に染まっていく彼女。
最後には、うねるような紫色の髪をもったいやらしい笑い方をする魔人に頭を消し飛ばされた、可哀相な友達。
残ったのは、目に痛いほどの白さと、心が壊れてしまいそうなほど鮮やかな赤。ふわふわしたあの子の身体に、たくさんの、たくさんの――
「……ッ!」
何も考えずに飛び起きて、布団がベッドから落ちていくのも見えているのに見えなくて、自分の身体を抱きしめる。
此処はあの雪原じゃなくて、ただの宿屋。此処には雪も無い、血も無い、さっきまで自分が寝ていたベッドは暖かいじゃないの。
あァそれでもそれにしても、とても、とても、寒くて落ち着かなくて、いっそこの身体が芯から凍り付いてしまえばいいと思うほどに痛くて。自分を抱く腕にもっと力を込めて。息が荒い、何時もより酷い、落ち着かなくちゃ。落ち着かなくちゃ、落ち着かなくちゃ、落ち着かなくちゃ。
このままでは本当に、身体は此処にあるというのに、心はあの雪原へ行って帰って来れなさそうに……
「ゆっくりと、息を吐きながら、前を見るんだ。此処は、白いか?」
耳元、声が、する。低くて若そうで、心配そうな気配は無いのに優しくて、落ちてくるような声がする。
前を、見る。嗚呼、違う、ただの壁。白くも無いし痛くも無い、ただの暗がりに隠れた壁。
「ゆっくりと、息を吸いながら、自分の身体を見てみな。寒くはないだろ?」
声に従って、ゆっくり、ゆっくりと息を吐きながら自分の身体を見下ろせば、パジャマの上からブランケットを羽織らされている。暖かい。
キツく抱き締めすぎて、ちょっと痛いぐらいになっていた肩からゆっくりと私の手を取ってくれる大きな、それでいて傷の多い掌。知ってる。
大丈夫かとは問われないけれど、大丈夫になってきた。此処はただの宿屋なのだと、再認識した後、
「落ち着いたか?」
「は、はい、あの」
お礼を言おうと、顔を横に向けたら。額から凡そ十センチぐらいのところに、絶対わざとだと思われる距離でサングラスの黒い鏡面とか鼻とか唇とかがあった。
「~~!」
こ、転げ落ちそうになりましたっ。
「ハッハッハ、転げ落ちそうになるぐらい元気があるなら心配無さそうだね?」
「ゼ、ゼクシオンさんっ」
「あァらやだン、ゼクちゃんって呼んでって言ったのにィ~」
……180(cm)もある男の人が、あからさまに色艶のある声を出してくねくねとしている様子が、こんなに気持ち悪いとは思わなかった。
「いやしかし、落ち着いて良かった。7日に一度は見るんだねェ」
笑いながら肩を竦めている彼を見て、漸くハッとした。また迷惑をかけてしまったと思って、先程とは違う焦りも出るのだけれど、
「す、すみません、また起こしちゃって」
気にしない気にしないなんて軽く流した彼は、窓際まで歩いていって椅子に腰掛けている。
落ち着かせたあとに、わざと軽い言葉を言ったり悪ふざけをしたりして、私からつかず離れずの位置に座る。
この一連の遣り取りが、また何とも落ち着くのだから不思議。彼曰く、緩急と心理的圧迫の利用だとかなんとか、難しくて良く分からないけれど、あまり頭が宜しく無いと自称している割には専門的な用語をたまに使う人です。適当に難しく言っているだけかもしれないけれど。
旅を始めてから一月弱、同じように私が飛び起きる度、あの夜から彼はこうして声を掛けてくれる。最初の夜だって、落ち着かせるために珈琲を入れてくれて、長い時間私が寝付くまで見守ってくれていた時の事はこの先、何十年経っても忘れられそうに無い。
「……寝ないのですか?」
「ンー? ソフィアちゃんが寝たあとに、寝顔をたっぷり拝ませてもらったあとに寝ますよ」
後半のほうはノーコメントでいいのかしら? 前半のほうは、少々物を言わせていただきたいのだけれども。
私はこれまで、昼間は勿論のことコレでなくとも夜中に起きようと、彼が寝ているところを見たことが無い。
私が、この悪夢に魘されて飛び起きたときから、何時でも、傍に居て声を掛けられるように起きている。
そしてそう、何時も最後にこう言うのです。
「それじゃあ、おやすみソフィアちゃん。良い夢を」
彼は、至極不思議な人だった。訂正、現在進行形で不思議な人。
こうやって悪夢に魘される私を手間隙掛けて見てくれていたりもするし、
ついつい気持ちが沈んでしまっている時も、そういう時こそ楽しくお喋りするのが人生楽しく生きる為の秘訣、とお喋りを持ち掛けてくる。
警護が必要に無さそうな時でもギャンブルや、お酒、そういうお店に行ったりすることもなく私の近くに居る。
以前、彼本人から聞いた話では仕事人というのは不必要な事をしないものだということだが、その話をした本人は随分と掛け離れているみたい。
た、たまにちょっとだけ、ふざけて、その、えと、えっちなことをしてきたりする所は如何かと思うけれど。
あ、あの時は思わず、オムレツを作っていたフライパンで叩いちゃったけど、お、お尻触られたらビックリするもの、えぇ、します。割といいお尻してるねなんて言われてもし、知りませんッ! おおお思い出したらまた恥ずかしくなってきました。平常心、平常心。
悲鳴というより奇声を上げながら転げまわってた時は申し訳ない気がした。後で聞いたら、サングラスまで少し緩んだらしい。幸い、怪我は無かったけれど(転げてた割には火傷どころか鼻血一つ流してなかったのは何故だろう?)
兎も角そんな、一風どころか随分と変わった人なのだ。ちょっと、お父さんを思い出すような、そんな人。
――あの時から、『助け』というものは無いのだと思っていた。自然は勿論、人も、今だってとてもとても尊敬している主でさえ、助けてはくれないのだと。
今も荷物の中に埋もれている、『生体魔力』。誰が狙っても不思議じゃない程には価値があるもの、らしい。
だから旅の途中も、優しくしてくれた人には感謝こそすれ、信頼してはいけないと。
現に二度程、(自分の不注意も根本にあるけれど)泊めてくれた人に襲われたこともある。さらに二度、異貌に襲われていた時に見てみぬ振りをされたこともある。
階梯とは程遠い自分がよく生き残れたとは思う。
幸運はコレ以上続かない。しかし安易に人は頼れない。
だから、(あまり感心出来た行為ではないけれど)お金で人を信頼させたりする手段に出ることにした時だってかなり迷ったけれど、これしか無いと思った。
『生体魔力』を捨てる為の、捨てる場所への旅。こんな小娘一人では、比較的瘴気も薄く、故に旅も劇的に危険というわけではないハザードは出れても、その先は……道端で野垂れ死にするわけにはいかない。だから、どちらにせよ護衛は必要だった。
その為に行った場所で、ゼクシオンさんと出会うことになった。
名前を教えてもらったとき、自分の名前を聞いたことが無いかとしきりに聞かれ、無いと答えたときにがっくりしていたけどその理由が未だに解らない。
そのあと、唐突に承諾を貰った。
『理由? あァ確かに、金もたいして無さそうだし、もう三年もすりゃいい女になるだろうけど今はちんちくりんだし――』
以下略と言いたい位、一杯言われたけれど。
『強いて言うなら、眼かな。その眼が、気に入ったのだよおじさんは』
瞳の色が気に入ったのか、形が気に入ったのか、と言っても笑って答えてくれなかった。
結局階梯も教えて貰えないし、素顔も見せようとしない(顔に大きな傷があるらしいので、無理強いは出来ません)。
ただ、雇うならこの人がいいと思った。
面白そうに、人前で本当に邪気の無い笑みを浮かべている彼を見て、この人なら大丈夫だろうと考えた。
斡旋所というところで彼を付けて貰うと書類にサインをしようとした時に、受付の人どころか他の依頼者さんまで一斉に驚いた顔をしていた。
彼を付けて貰うことに対しても、彼に支払う報酬に対しても、相場を知らないから何故か分からず首を傾げていたらこっそりと斡旋人さんに教えてもらった。格安どころか価格の概念破壊らしい。
階梯については結局教えて貰えず仕舞いで少々不安だったけれど、相当有名な人らしいのでそういう心配は無いとかも、斡旋人さんからです。
何でこの人は、見ず知らずの私に此処までしてくれるのか、まだまだ、よく解らない。
ただ、ずば抜けて不思議だと思うことが一つ。
彼の見た目は、先ず誰が見ても22、多めに見ても25程。
皺も無ければ、ハリも(認めるのは女の子として如何かと思うけれど)綺麗なものだし、服装だってラフなものが多い。
なのに。36歳だなんて。
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